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  • 京都中小企業家同友会事務局
    平日 AM9:00 ~ PM6:00

新入会員紹介

  • 横関 透さん
  • ㈱ルミオンテクノ 代表取締役

◆自己・自社紹介

「小回りの利く設計屋~京都より~」
京都の製造業を支えたい、縁の下の力持ち。技術者の小集団です。
機械設計を主にしております。(建築設計ではありません)
実はあんな所や、こんな所で。あの企業様の、この企業様の。。。
FA(ファクトリーオートメーション)機器の設計製作、自動化、省人化、治具設計などを行っております。

「こういう事機械で出来ないか?人がやるとミスしてロスが多く出るんだ。」
「伝統工芸品、手作業、職人技で営んできた事業。職人が居なくなり続けられない。機械化できないだろうか?」
「こういうアイデアがあるんだ。これができれば素晴らしいんだが。」

こういうご相談を実現するために、アイデアを振り絞り一緒に開発していく事が私たちの使命です。
機械設計と言いましても、イメージが難しいと思いますが、要するにお困りごとを解決したい。
そのお手伝いをしていく事が弊社の役目であります。

◆入会きっかけ

はじめは、あまり関心もなく、どちらかというとこういう集団は苦手でした。
業績が良くなく苦しく弱音を吐いた時、起業早々からお付き合いをしている仲間が話を聞いてくれて、誘ってくれました。
実は、それも一度スルーしていたのですが、仲間を見ているととても頑張って居られ、会社としても成長し、自分との差に愕然としました。
その成功者からお誘い頂いていることに間違いはないだろう。断る理由はない。。。そう思い、入会させていただく運びとなりました。

◆起業・承継きっかけ

高校、専門学校を経て入社した会社が、勤続14年で倒産しました。
最後は製造部長をしていました。役員でもなく、組合員でもなく。
その後、つながりのあった企業へ入社させて頂き、機械設計を学ぶこととなる。
しかし5年で業績不振の為、役員以外、社員は全員解雇となりました。
それまで、会社に対しては色々と意見もし、前向きに取り組んできたつもりでしたが、何をしても、何を言っても変わらない会社の姿勢、取り組み方、体制っていうのがトラウマに。
当時40歳。今から再就職するってことに抵抗もありました。

解雇になったとき、同じ設計課には私以外に2名いました。私の上司です。
上司1。9歳年上、真面目すぎる技能士。癖が強いですが、私の師匠です。
上司2。6歳年上、ご病気で少し身体が不自由ではありますが、よき先輩。
そんな二人の技術力をこのまま無駄にしたくないと思ったのと、経験の浅かった(機械設計5年)私はこの二人の技術力を利用したいと思いました。
機械設計及び部品製作受託業務として、起業を決意。
それなりな準備もないままには始める事となり、資金的にも準備が無かったことから、まずは2名で始める事とする。上司1は、技能士でもありどこでも通用する技術力を持ってますので、まずは他社で再就職していただき、時期が必ず呼ぶから待っててほしいと言いました。上司2は、身体が不自由ということもあり、再就職は厳しいと思い、本人と相談した結果、私のサポートをしてくれることで、一緒に起業する運びとなります。
起業4年後、上司1を呼び、現在は上司1,2と一緒にやっております。

◆夢・目標

今までの経験を活かし、世の人の役に立ちたいという事は根底にあります。
そんな中でも、人と人の繋がり、ご縁を大切にしたいと思っています。
漠然としていますが、業種にとらわれず、新しいことにも挑戦できればと思っております。

◆マイブーム

高校の時の軽音楽部のメンバーで、バンドを再結成したこと。
もう5年くらいになりますが、コロナ禍もあり、あまり活動できていませんでしたので、そろそろライブをしたいと思っていること。
ちなみに洋楽ハードロックです。
もう一つは、バイクに乗る事。
これはまだ実現していないのですが、準備中であります。
大型二輪免許は30歳の時に取得しているのですが、未だ乗れず。
体力があるうちに乗りたいです。

◆その他(座右の銘など)

座右の銘「なるようになる」
社会人2年生くらいの時、自分のミスから、お客様へ謝罪へ行くことがありました。
上司も一緒だったのですが、私が落ち込んでどう謝罪すればいいか悩んでいると、「ちゃんと報告して、ちゃんと謝罪すればそれでいい、あとは任せろ」「心配せんでも殺されへんから」
今考えると、とても乱暴な言葉なのですが、当時の私への説得力は半端なかったです。
今でも困ったときなど、思い出しています。

◆所属

八幡久御山支部

◆入会年月

2024年3月